亡き母がくれた目に見えない宝物と、私が母としてできること

杖をついて歩く母と寄り添う娘の姿 60代の暮らし

はじめに

母が亡くなって、もうすぐ3年になります。

2023年11月、90歳で旅立ちました。

3年近く経った今でも、ふと母を思い出すことがあります。

スーパーで母に似た高齢の女性を見かけたとき。

杖をついて歩いている女性を見かけたとき。

髪型が母に似ている人を見かけたとき。

「あ、お母さんに似ている」

そう思うと、母の笑顔が浮かびます。

母は、いつも明るく笑っている人でした。

誰にでも笑顔で接し、家族の中心にいて、太陽のようにみんなを支えてくれる人でした。

今になって分かる、母が教えてくれたこと

母は、暮らしをとても大切にする人でした。

毎日家計簿をつけ、お金をきちんと管理し、物も大切に長く使っていました。

私にも、

「嘘をつかないこと」

「人の悪口を言わないこと」

「家族を大切にすること」

「お姑さんも自分の母親だと思って大切にすること」

と、よく言っていました。

若い頃の私は、母の言葉を素直に受け止められないこともありました。

でも、50代を過ぎて自分の家計を真剣に考えるようになり、家計簿をつけるようになった頃、ようやく母の言っていたことの意味が分かってきました。

お金を大切にすること。

物を大切にすること。

身の回りを整えること。

どれも、特別なことではありません。

けれど、毎日の小さな積み重ねが、暮らしの安心につながっているのだと、今になって感じます。

母になって初めて、母の気持ちが分かった

私にも3人の子どもがいます。

子育てをしていた頃は、仕事もあり、家のこともあり、心に余裕がありませんでした。

子どもがやりたいと言っていることを、よく聞きもせずに「ダメ」と言ってしまったり、感情的に叱ってしまったこともあります。

そんな私に母は、

「もっと大らかな気持ちで見守ってあげなさい」

と言っていました。

当時は、その言葉を素直に受け止められないこともありました。

でも、自分が母になり、子どもたちが思春期になって悩んだり苦しんだりする姿を見るようになって、少しずつ母の気持ちが分かるようになりました。

「母も、きっと私と同じように悩んだり心配したりしていたんだろうな」

そう思うようになったのです。

親になって初めて、親の愛情の深さが分かる。

本当にその通りだと思います。

母との最後のカラオケ

母が亡くなる二週間ほど前、私は母と一緒にカラオケに行きました。

母の大好きなお寿司も食べました。

その日は風が強く、肌寒い日でした。

母は少し咳をしていて、いつもより歩くのも大変そうでした。

車から降りるとき、私は母の手を引いて、カラオケのお店まで一緒に歩きました。

そのときのことは、今でもはっきり覚えています。

カラオケの途中で母が、

「また来れるかな……」

と言いました。

私は、

「また来月、一緒に来よう!」

「紅葉も見に行きたいよね」

と答えました。

母は「うん」とうなずきました。

そのときの母の顔が、少し寂しそうに見えたことも覚えています。

私は、そのときが最後になるとは思っていませんでした。

また来月、一緒に来られると思っていました。

でも、それが母との最後のカラオケになりました。

今思えば、少し咳をしていた母のことを、もっと気にかけてあげればよかったと思います。

それでも、母と一緒にカラオケに行き、大好きなお寿司を食べ、楽しい時間を過ごせたこと。

それは、私にとって大切な思い出です。

母の味も、今の私の中に残っている

母は料理も上手でした。

肉じゃが、お雑煮、茄子漬け。

そして、マヨネーズをたっぷり使い、お魚のソーセージを入れたポテトサラダ。

母が作ってくれたポテトサラダは、長男の大好物です。

今でも帰省すると、よく作ります。

母から私へ。

そして私から子どもへ。

母の味が、こうして受け継がれていることが、なんだか嬉しく思えます。

母が残してくれたものは、形のある財産だけではありません。

むしろ、今の私を支えているのは、目に見えないもののほうが多いのかもしれません。

今度は私が、子どもたちに渡したいもの

今、子どもたちはそれぞれ自立し、自分の家庭を持っています。

私には6人の孫もできました。

子どもたちが元気に暮らし、それぞれが親として頑張っている姿を見ると、

「偉いなぁ」

と思います。

そして今度は、私が母から受け取ったものを、子どもたちへ渡していきたいと思っています。

人生には、悩んだり、苦しんだり、思うようにいかないこともあります。

そんなとき、

「どんなあなたでも大好きだよ」

と思ってもらえるような安心感を、私は子どもたちに与えられる母でありたい。

母のように、大らかに、温かく支えてあげられる親になりたいと思っています。

母が残してくれたものを思い出して

母を亡くしてから、母が私に残してくれたものを、改めて考えるようになりました。

それは、形のあるものではありませんでした。

毎日の暮らし方だったり、人との接し方だったり、家族を思う気持ちだったり。

もしかすると、親から受け取る本当の財産は、こうした「目に見えないもの」なのかもしれません。

この記事を読んでくださっている方の中にも、私と同じようにお母さまを亡くされた方がいらっしゃるかもしれません。

もしそうでしたら、少しだけ思い出してみてください。

あなたのお母さまは、あなたに何を残してくれましたか?

言葉でしょうか。

思い出でしょうか。

家庭の味でしょうか。

それとも、今のあなたを支えている何気ない習慣でしょうか。

私もこれから、ときどき母を思い出しながら、母から受け取ったものを大切にしていきたいと思います。

そしていつか、私の子どもたちも、私から受け取った何かを思い出してくれたら嬉しいです。

いつかわたしが旅立っても、あなたたちの心の中で生き続ける母でありたい。

それが、60代になった今の私の願いです。

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